新年の手紙

 二〇一六

 それでね、今年もやっぱり喪中なのですよ。これでもう二親等は残っておりませんで、あとは父と私っきりなのです。つぎに喪中になるのは私か父が死ぬ時です。ピストルを提げたカウボーイ二人が、背を向け合ってだだっ広い荒野に立ち、スリー、ツー、ワンと歩を進め、振り返って銃声を轟かせる。そしてカメラは引いて二人の姿を遠景にしてしまう。結果は片方がくずおれることでわかるのです。二人きりの家族というのは、そういう気持ちですよ。大事なのはどちらが死んだかではなくどちらかが死んだということです。あなたにはずっとわからないでしょうし、わからないほうがいいのです。あなたの周りに、いつも笑顔が溢れているといいなと、私ほんとうにそう思うのです。私の周りではなく、あなたの周りに。どうしてみんな正月に映画を観るのでしょうね。他にすることがないのか知ら。西部劇って、なんだか正月に似てませんでしょうか?だだっ広い荒野、吹きすさぶ風、通り過ぎるだけの街、安易な命の遣り取り、ひとりきりの彷徨、内容のないマカロニウェスタン。それで父と向かい合って、誰れもお節を作りませんですからすしを取って食いました。このすしが昔の私にはほんとうのご馳走だったのですが、いまとなってはどうということもない、唯すしであるというだけのすしなのです。デパートの上層にあった食堂みたようなものです。私は横浜のそごうの食堂が好きでしたよ。高島屋ではなくてね。

 二〇一五

 朔日に雪が降りましたね。

 正月はたいてい晴れるものでしょう。ですから私はすっかり朔日に洗濯をする積りでいたのですよ。それが当てが外れたものですから、あらゆるカバーやシーツを剥いだ部屋で暫くぼんやりしてしまったわけなのです。一度剥いだシーツを戻すのは、汚れておらなんでも嫌なものでしょう。そのうえお正月と来ているわけですからね。そうなのです、今年ばっかりはもう正月から逃げ回るのはよしたのです。何せひとりぼっちなので、喪中になりようもないのですから。初詣へもゆきました。出店のたこ焼きと焼きそばを食べて、ソースせんべいを食べている子供を見て、結局何を食べても小麦粉とソースと紅ショウガを食べているわけだなァと思いました。子連れの男性があれやこれやと食べたがって子供に怒られていました。それから樽酒を一杯購って、日なたへ座っていつまでもいつまでも飲んでいました。大吉が出たから持ち帰りなさいと言われておみくじをポッケへ突っ込んだはずなのですが、飲みながらポッケへ手を入れたらもう見当たらないのです。何が書いてあったのかももう忘れました。こうやってまた気づいたら来年なのでしょう。私は今年のおみくじを失くしましたが、ある人は去年のおみくじを未だ持っていました。何でも去年は私が取っておけと言ったのだそうです。確かに大吉でした。ことによると、正月も私が好きで本当のところ早く会いたいのかもしれませんね。正月だってね、好きで正月をやってるわけじゃないのですから。あなたは疾うからそれを知っていたのでしょう。

二〇一四

十一月にたいそうすてきな外套を買いました。でもあんまり暖かそうな、シベリアにも着ていけそうな外套だものですから、暫らく着ないでとって置いたのです。それでひどく寒い日に、今日と思って着てみたら伯母が死んだという報せがきました。だからやっぱり今年も喪中なのです。どこで風邪をもらってきたのか、私ときたま咳がとまらなくなるのです。咳をしているとき、何んだかこっぴどくひとりぼっちなの、わかりますでしょう。新年の刺身包丁みたような空気の中で、けんけんけんけんと咳をしていてあなたのことを思い出したのです。それでまァ喪中でもあることですし手紙を書くのですよ。喪中でもあることですし、あなたじゃない人とデパートの地下へゆきました。定年間近という風情の店員で、歳末らしく派手な法被を着たのが、きゅうっと顔を中央によせて実に旨そうな声で「これは旨いですよ」と言った日本酒を購って、それであなたじゃない人と、正月を待たずに飲んだのです。旨かったですよ。お酒を飲んでもやっぱり咳が止まらなくって、けんけんけんけん言っていたのです。ばかみたいでしょう。あなたじゃない人に心配されてね。そうやって咳をしていて、ほんとうは私が正月を嫌いなんじゃなくて、正月の方で私を嫌いなんだということに気付いてしまいそうな感じがするのです。だから喪中だと、正月の表面だけでもちょいとばかし撫ぜさせてもらうことができるのでしょう。あなたは初詣へ行ったでしょうね。あなたは喪中ではないでしょうから。

二〇一三

 ことしは誰も死んじゃいないのですけど、親戚を辿れば誰かは死んでいるでしょうからやっぱりお祝いは控えます。だいたい、誰かが死んだからって何かを控えようというのが無理な話なのです。いつだってどこかで誰かが死んでいるのですから。正月に雨が降っていたこと、あんまりありませんでしょう。そのときにだって誰かが死んでいるのに、正月はいつも晴れているのです。あなたが死ぬとき、とても寒い日で、ピーカン照りだといいな。私は喪服の下にホッカイロを貼って行くでしょう。人が死んでも泣きませんが、そういう日なら、あなたが死ななくても泣ける気がするのです。私の時もそうしてね。気付かないうちに食べ物の好き嫌いがなおっているように、そのうち人が死んだら泣けるようになるのでしょうか。寒い日のピーカン照りでなくとも。歯医者さんにいくとき、寒い日で晴れてると、私泣きたくなるのです。別に歯医者さんに怒られるからじゃありませんよ。いや、歯医者さんに怒られるからかもしれませんね。歯医者さんもいまごろ、ハワイで新年をお祝いしていることでしょう。ハワイの新年ってどんな空気かしら。寒くて晴れていて人がいないと、新年らしいでしょう。だから私の住む町はいつも半分新年みたいなものですよ。動きの緩慢なお年寄りばかりでね。

二〇一二

 この間外祖母がおっ死んだので、それこそクリスマスに四十九日をやったくらいなので新年のあいさつは控えさせていただきます。正月の嫌いな私にはこの喪中というのがよい隠れ蓑で、ずいぶん久しぶりに正月を楽しむことができました。最近はデパートの地下が好きで、わざと年末の混みあう中へでかけていって買いもしない海産物など薦められてみるのです。新宿や銀座なんかと比べて横浜のデパートには年寄りが多いということがわかりました。というよりは、横浜で生きてきた私からすると東京は若者が多いなということなのです。若者といっても三十代くらいの幼い子供を抱えた人たちです。私は正月が嫌いです。むろんクリスマスも嫌いです。バレンタインも子供の日も雛祭りも嫌い、夏と来たら夏そのものが嫌いという有様なのですが、特に正月はむごたらしいものです。私がクリスマスを嫌いなのはアベックが憎いからじゃないのです。これらのお祝いは(夏なんて夏じゅうずっとお祝いしているようなものではありませんか)、カップルのものである以前に家族のものであり友達同士のものであり、私はそのどれにも属してこなかったからなのです。それでもクリスマスにはクリスマスを嫌いな仲間がいたのです。でもお正月にはかれらだってお正月を楽しんでいるのです。紅白を見ないまでもガキの使いを見るのです。実家へ帰るのです。おせちを食うのです。私は正月が嫌いです。でもことしは少し好きでした。ばかに高い伊達巻を買いました。喪中だからなのです。そして喪中なので新年早々手紙なぞ出す気になったのです。年賀状は書けないのです。宛先がないのが怖いのです。あれは数を出すものだから。でも手紙だったらだいじょうぶ。正月という点では、あなたも私の仲間じゃありませんでしょう。あなただって初詣に行ったのです。きっと。ねえあなた、きょねんの私と来たら新年が嫌いなばっかりに正教徒に改宗しそうな勢いでしたよ!