この夏はクーラーを使おうと思う

 私は夏場あまり冷房を使わない。ほとんど扇風機で何とかしてきた。大体夏は暑いし冬は寒いのが当然で、それはそういうものだから別にいいのだ。とは言いながらも私も弱冷房車には乗らないし暑い暑いと文句を言うのだが、少なくとも私の家において扇風機は重要な地位を占めていた。

 ところで最近引っ越して、扇風機を置いてきてしまった。20年近く使っていた扇風機だが、特別愛着があるわけでもないし新しく買うことにした。新しい扇風機はダイエーで3000円だった。私の欲しい大きさの物は二千円台からあったが、少々奮発してリモコンのついたのを買った。その夜、リモコンを紛失した。

 この狭いワンルームの一体どこにものをなくす余地があるのか?私は自分に憤慨した。広くてごった返す地球上にあっても自分の体を紛失することはできない。でも扇風機のリモコンは、こんなに簡単に紛失することができる。なんなんだ。蒸し暑い7月においては自分の体より扇風機のリモコンのほうが大事じゃないか。探しながら、不意に扇風機を振り返った。白い扇風機は黙って私を見ていた。私はもう諦めることにした。いいんだ、扇風機はあるのだから。扇風機のながい首についたリモコンを入れておくところを外し、最初からリモコンなどついていなかったものとして扇風機と暮らし始めた。扇風機はものも言わず羽を回していた。

 翌週、扇風機が壊れた。

 スイッチは点灯するのに羽は回らない。自分のひとつの長所を、なかったことにされた扇風機の無言の抵抗だったかもしれない。そうだ、確かに私が少し高い君を買ったのは、リモコンがあるからだ。でも、違うんだよ、リモコンがなくても君がいればそれでよかったんだよ。そう思いながら(嘘)私はダイエーに電話し、保証が効きそうもないこと、効いたとしても一週間はかかることを確認し、どうせ捨てるのだしと思って分解してみることにした。ある箇所が断線していた。故障箇所はわかったが直す方法はないので、そのまま捨てようと考えた。元に戻す必要もなし、ついでに少しいじって遊んでみた。ハハァこういう仕組みになっているのだなあなどと思って楽しんだ。

 その日父と連絡を取る必要があって、雑談の折りにこの話をした。いやあ先週買った扇風機壊れてさァ。父が急に怒り出した。そんなもの不良品だ、保証が効かないはずがない。自分が修理に持っていく。父は週末に来るという。私は、分解していじっちゃったからもう絶対保証は無理だよとは言い出せなかった。どうせ動きっこない扇風機を相手に、とにかく見た目だけでもまともにしようとドライバー片手に四苦八苦していると、なんだか自分が重なって見えて来るのだ。中身はどうしようもないのに、見た目だけは取り繕って...ああこれは扇風機の恨みだ、自分の力を否定されて、無下に捨てられようとした扇風機が私を呪っているのだ。ドライバーを投げ出し、不貞寝した。起きると暑さで体調が悪くなっていた。